バビロンを夢見て―私立探偵小説1942年 (新潮・現代世界の文学)』 R・ブローティガン
 現実逃避を最高に洗練された形で行うことが出来る主体であっても、現実が持つ重力に引っ張られてしまうこの不思議。私立探偵C・カードは現実では最底辺を生きているが、妄想世界バビロンではあらゆるパターンの成功をおさめている。いや、バビロンという妄想世界が生まれたためにカードは現実世界において地べたを這いずるはめになったとも言えるんだけど。さて、そんなカードに成功を掴むチャンスがやってくる。それによってバビロンと現実が僅かに接近しそうにはなるんだけど、現実がバビロン化してしまってはバビロンがバビロンである意味を失ってしまうからか、最後の最後でカードはチャンスを手にすることができない。妄想世界バビロンの防衛機制。とかなんとか綺麗に纏めてはみたけど、小説内でカードに仕事を依頼する人間が一体何を求めていたのかはさっぱりわからない。
 ヤフオクに出そうかとも思ったけどマキちゃんにプレゼントするわ。

ゴットハルト鉄道 (講談社文芸文庫)

ゴットハルト鉄道 (講談社文芸文庫)

 中篇「無精卵」の主人公の女性は、頻繁にある言葉を別の言葉に置き換えている。例えば<樹木>という言葉を<電信塔>に、<庭園>という言葉を<四角い土地>に。他にも<雑草>を<雑草>と呼ぶことをやめたから刈る必要がない、なんてことも言う。僕は世界に対して違和感を覚えたり、世界の隅っこで見つけた秘密に気づいたりしても、即座に自らの認識を修正して世界の方に摺り寄ってしまうけど、彼女は世界に対する違和感を即座に言語体系に反映させることで世界を自らに引き寄せる。細かい修正を幾度と無く加えた彼女の世界と、僕の(あるいは僕たちの)世界は隔絶してはいなくとも相当ズレている。そんなズレが生み出す意味のわからなさのようなものが文章全体を覆っているようで気持ち悪い。

 他、丸谷才一『年の残り』、石川淳『紫苑物語』(新潮文庫)などを読んだ。『紫苑物語』の中の「鷹」という話がすごく面白かった。レッドパージだとかなんだとか昭和な匂いが濃い現実的な話かと思いきや、煙草密造集団が作る死ぬほど美味しいピースだとか、「明日語文法」と「明日語辞書」なる謎めいた2冊の本とその明日後によって読み解くことができる明日のニュースが掲載されている新聞なんかが出てくる、少し安部公房な感じがする幻想小説であり、今日に対して明日が企む革命小説でもある。今日と明日の境で変わる煙草の味。あとがきによると「虹」ってのと「落花」ってのもこういう感じの幻想的革命小説らしいので読んでみたい。