『無情の世界』 阿部和重

 改札を通る一瞬前に本を持ってこなかったことに気づいたので急遽駅前の本屋へ。阿部和重無情の世界』という本をお買い上げ、短編集。薄い本だったから電車に乗っている間に読み終えることができた。
 一番面白かった「鏖」について少し。おそらく最後の場面で、S公園くんが入力したコマンドはペンタゴンの核ミサイル発射ボタンとかそういうものだろうと思われる。つまるところ、一人のちょっと人生舐めきった男が、そのツケをとらされそうになって、イライラしてやつ当たりした相手がさらにやつ当たりの相手を探した挙句「かつて人類が経験したことのない、深刻な危機」を招くわけだ。「世界」へのアクセスがここまで容易に行われてしまうということの恐ろしさと滑稽さ。それまでの話も面白いんだけど、最後に、あんなところから「世界」へ繋がるなんて思わない。驚いた、このテンポのいい、スッチャカコメディが…。阿部和重は本当に凄い作家だと思う。『インディヴィジュアル・プロジェクション』のときも思ったけど、阿部和重の書く作品はB級映画っぽい印象がある、今回だと「鏖」がそうかな、追い込みをかけてくる人間とのファミレスでのやりとりのシーンとか特に。
 あと、最初の短編「トライアングルズ」の冒頭にスパイ衛星KH11の描写がでてくるんだけど、それがとても印象的だった。阿部和重は、外からの描写に凄くこだわっていると思う。KH11の視線は、それを管理する誰かの視線と同義だから、十分に人の視線の象徴としてスパイ衛星は機能してる。阿部和重は、人が日常生活で他者を理解しているその限界点を、ちょっと変なシナリオの中で書き出している。

 追記:ゴルゴ13の105巻に入ってる「神の眼力」にもKH-13が出てきます、スパイ衛星越しに他人に視線を向けるゴルゴ13最強すぎる。