『このページを読む者に永遠の呪いあれ』 マヌエル・プイグ

 『このページを読む者に永遠の呪いあれ』(マヌエル・プイグ 木村榮一=訳 現代企画室)を読む。訳者の解説によるとプイグは映画監督を目指してたらしくって、それがこの本みたいな全編対話形式みたいなスタイルを採らせているみたい(地の文がでてこない)。3人称の視点での記述ができなかったんだって。ちなみに、このプイグも、以前に書いたコスタサルやマルケス、ボスヘスと同じくラテンアメリカ作家の1人。

 以下内容に触れながら書きます。別に内容がわかったところでつまらなくなる小説ではないと思うけど、一応。


 内容は、ちょっと頭が弱くなりはじめてる偏執狂気味の老人ラミーレスさんと、その介護をして小銭を稼いでるラリイとの対話。ラミーレスさんには政治犯として投獄されていた過去があって、そのせいか少し精神的におかしくなってしまっている。記憶も失っているために、ラリイとの対話では失った記憶を必死で埋めようとするかのようにラリイの体験談をとても具体的なところまで求める。最初はそういうちょっとキチガイオジサンと気の毒な貧乏人のコメディかと思ってたんだけど、ラリイの方もちょっとキてる。無駄に会話に嘘を混ぜたりするんだ。ラミーレスさんが血迷ったことを言って、ラリイが何を言ってるんですか?と憤慨する。ラミーレスさんはそれに対して「過去を忘れたいんだろ?」みたいなよくわからない煽り方をする、するとラリイ、過去について語りはじめる、ってのが定型としてあるかな。ラリイによる真実と嘘の混じった過去、現在の体験を、ラミーレスさんは混乱しながらも自分のものにしていく。最後の方の会話の錯綜具合はもうすごい、最初からそういう感じはあるんだけど、もはや会話になってない。会話のみで書かれた小説において会話が成立しなくなるってのはとても不思議。本が内から崩れていくような感じ。
 この小説の『このページを読む者に永遠の呪いあれ』っていうとてもかっこいいタイトルは、ラミーレスさんが蔵書に残してあった暗号メモ「このページを読むものに永遠の呪いを」に由来する。ラリイはこの蔵書の中に残されている暗号メモによってラミーレスさんの過去を調べ、その結果、大学に職を得られる寸前まで行くんだけど、結局ラミーレスさんの死後、彼の遺言の内容に矛盾があることからラリイは彼の蔵書を研究対象として使うことができなくなり、大学で職を得ることが叶わなくなる。ラリイはこの調査がうまく行ったために、ラミーレスさんと離れ、遠くの大学へと行かないといけなくなった、ラミーレスさんは行かないでくれと懇願するんだけどラリイは聞き入れない。そして喧嘩別れをした後、ラミーレスさんは死ぬことになる。ラミーレスさんはその本をラリイに遺さなかった(遺す意思があったのかもしれないが、結局彼の手には渡らなかった)。ラミーレスさんの暗号メモ「このページを読むものに永遠の呪いを」ってのが彼が意図していたかそうでなかったか(おそらく意図していなかったんだろうけど)に関わらず、そのページを読んだラリイに「踏み絵」をさせ、そして彼を裏切ったラリイに呪いを与えることになる。ラリイは翻弄され、小説の最後は職業紹介所へのラリイの手紙で幕を閉じる。
 この小説では、読者の視点の特権性が奪われている。地の文が存在しないことで、必然的に僕らは登場人物と同じレベルの落ちることになる。作家が登場したり、作者が犯人だったりするメタ小説、メタミステリーなんてものが最近は存在するけど、プイグのこのスタイルはもっとシンプルに、読者と登場人物の垣根を払っていると思うよ。