『白い果実』ジェフリー・フォード

白い果実

白い果実

 クレイと言う名前の観相官が独裁者ビロウの命を受けて、属領アナマソビアで起こった事件を解決するためにアナマソビアへ向う、というところから話がはじまる。観相官というのは、人間の身体的特徴からその人間の性格をつかむという職業でクレイはその観相官の中でも特権的な地位にいる。章が3つに分かれているのだけど、第一章ではアナマソビアで起こった「白い果実」紛失騒動、第二章では流刑にあったクレイの生活、第三章では恩赦され首都である理想形態都市へと戻ってきたクレイの動向が書かれることになる。まず重要なのは、第一章における首都から派遣されてきた高級官僚としてのクレイの高慢さが、第一章末において失脚によって挫かれ、そして第二章での矯正を経て第三章では第一章の時とはほとんど全く異なった人間としてクレイが存在するということだ。クレイの視点から物語られるために、その変化ははっきりと読者にも理解できる、いや経験できると言ったほうが良いかもしれない。この変化の激しさに対して原因が多少弱いことは読者に違和感を与えるけども。また、クレイ並びにビロウは両者ともに「美薬」と言う名の一種の麻薬を打っているのだけど、クレイはその内面的変化(成長?)にもかかわらず「美薬」の常用をやめようとしない。この「美薬」は幻覚作用があり、死んだ人間や架空の物語を登場させる優秀な装置として機能しているのだけど、あくまで中毒性のある薬であるにもかかわらずその成長と並行してその薬からの脱却がなされないというのはやっぱり文化の違いなのかなあ。
 第一章では、きわめて高慢に振舞うクレイに対してアナマソビアの人間が皮肉の効いた冗談を言ったりしたりし、それに対してクレイが激怒するというやり取りが多い(あるいは気づかないこともある)。辺境に位置し、国家と魔物がすむ森の境界部分に住むアナマソビアの人間は冗談無しではやっていけない、という記述があるんだけどそれがこのアナマソビアの人間のクレイを舐めたような態度に妙なリアリティを与えていてすごく面白い。異界と向かい合って生きる彼らには、ユーモアというものが欠かせないからだ。
 とかなんとか、話の本筋のことばかり書いてしまったけど、この小説の一番の魅力はその幻想性で、アナマソビアでは老人が青い結晶と化す描写があり、監獄島では昼と夜の2人の看守がそれぞれ性格のまったく異なる兄弟でさらに知能の高い猿が話を面白くする、理想形態都市ではビロウの独裁に対して革命的な雰囲気が醸造されていくさまが妖しく書かれている。細部に潜むファンタジーによって、読んでいると現実に対する認識のリアリティが弱くなってしまうような危険な小説。