「馬小屋の乙女」 阿部和重

 「新潮」2004年1月号掲載の阿部和重「馬小屋の乙女」を読む。
 トーマス井口という名前の男が電車を乗り過ごした結果神町駅で降りることになる、という書き出しから「神町」サーガなのかと思わされるのだけど、トーマス井口にとっては乗り過ごそうが乗り過ごすまいが結局は「どこの駅で降りようと目的地までの道程はタクシーで移動せざるを得」ないのだから、神町はその他の駅に対して絶対的な位置を占めているわけではない。トーマス井口が神町に対して抱く感触は面白いものがあるんだけどね。
 さて、トーマス井口がわざわざ東京から新幹線に乗ってまで山形県にやってきたわけは、とある民芸品店にレアモノの性具「89年型しびれふぐ」*1が置いてあるという情報を仕事場で常連客から得たからであり、つまり彼は(駆け出しではあるが)性具コレクターなんだ。
 さて、実際にその民芸品店には「89年型しびれふぐ」が置いてあり、トーマス井口は大喜びする…がしかしここからどうも話の展開があやしくなってくる。まず店内にいる2人の先客、1人は長身の優男でもう1人は老婆、彼らは一体どういう関係なのか。そして突然の「裏社会に生きるその筋の者」らしき男の登場と、店番とその男との口論。
 店内に奇妙な混乱が起こり、その中でトーマス井口のフラストレーションは増大する。そして彼が決定的な発言をしたとき(そうとも思えない発言なんだけどね)、その状況もまた、決定的な局面を迎えることになる。

 今まで読んできた阿部作品ってなんだかこういう飛躍ってのはなかった気がする、すごく強引で突発的なエンディング。それがたとえ超主観的なものであっても、ロジックを積み重ねていった結果どうこうってのがスタイルだと思っていたからなあ。ただ、陰謀系小説が好きな僕にとっては、たとえ謎めいていて突発的でしかも少々安っぽい(餌が性具)この小説も結構面白かった。

*1:http://www.kiyosan.co.jp/goods/goods-kouza12.html、これがしびれふぐというものらしい