『機動戦士クロスボーンガンダム -スカルハート- (角川コミックス・エース)』

 僕はここでは書いたことがなかったかもしれないけど、オタクの例に漏れずガンダムが大好き。地球連邦政府の圧制に苦しむスペースノイドが立ち上がった(まあ極簡略化して言うと、だけど)宇宙世紀0079年以来この世界では戦争が止むことなく続いている。1年戦争デラーズ紛争、グリプス戦役、「提督の謀反」事件…。しかしそのような「歴史」を持つガンダムシリーズは数々の鬼子をも生み出してきた。歴史軸が違うものだってある。そういう異端作品群を忌み嫌う保守派の人にとって長谷川祐一の「クロスボーン・ガンダム」シリーズは到底受け入れられるものではないだろう。つまりこのマンガはガンダムが好きであり、かつ、その中でもそれなりにラディカルな思想を持った人間だけを対象にしたマンガと言うことになる。
 この短編集にはシリアスギャグ系(ガンダム顔に改造されたボールが活躍する話と、ジオンに極秘裏に進められていた計画によって4本の手のザクを操縦するようになったザクを退治する話)やファンタジー系(木星帝国のために働きながら絵本の世界に生きる女の子を救う話)の短編が含まれており、おそらく保守派のガンダムファンが見た場合激昂するであろうことが容易に想像できる。というか、マンガとしてつまらないのでそれ以前なんだけど。
 だけど、アムロ・レイの戦闘データを使ってバイオ脳を「アムロ」級のパイロットとして育てる木星帝国残党の計画を潰す「最終兵士」は面白い。「自分の分身があらわれて戦うハメに」とか「過去の英雄が復活して敵として襲ってくる」てのは王道だけど、それをアムロでやられてしまうことで不愉快な感覚と興奮とが絶妙のバランスで沸き起こる。長谷川作品の面白さの1つは「えー!」ということをやってしまう不愉快な感触にあると言える。これまでの例で言えば金色のジオング、とかシャアとアムロ(クワトロではない!)の共闘、なんてのが挙げられるかな。「初めて見る武器は反応が遅れる」なんていうお約束に賭け金を乗せてしまう王道さと、こんなことやっていいのかという荒唐無稽さ。しかし、そこにギャグを混入しないことでシリアスさが保たれて不思議なかっこ良さが現れていると思う。アムロ・レイ脳が操縦するモビルスーツ「アマクサ」はそれだけ見るとどっからどう見たってかっこ悪いのに、戦っているシーンでは不思議とかっこ良い、これも長谷川先生のマジックパワーなのかな。