大学3年生になって、キャンパスも神奈川から都内に移り心機一転と言いたいところだけど相変わらず授業は知り合いと固まって受けるだけ。学校外ではロシア製のトイカメラやら、人に借りたポラロイドカメラで写真を撮るのが少し楽しいです。あとメガネを無くしてから1mくらい先の人の顔もはっきり見えなくて困る。あと「瀧口修造:夢の漂流物 同時代・前衛美術家たちの贈物 1950s〜1970s」に行ってきた、「展示」としてはとても親切だとは言えなかったけど、漂流物を並べているだけなんだからまあ当たり前といえば当たり前か(しかし今回世田谷美術館に行って何か得たかと言われたら得たものがない気がするし、それは僕の教養の無さだけに起因するのではなくてやっぱり展示構成に問題があると思うのだけどどうだろう)。僕にとってはたしかに「漂流物」展であるけども(瀧口修造の所に漂流してきたものの「漂流物」展なのかどうか、それすらもほとんど関係なく、「漂流物」展だった)、瀧口修造にとっては漂流物などではなくて、はっきりと届けられたもの達なんだなあとかそんなことを思いながら世田谷公園の桜をぼけーっと見たり。